
ポール W. クリプシュについて

伝説
ポール W. クリプシュ(Paul Wilbur Klipsch / PWK)は、アメリカにおけるオーディオ業界のパイオニアであり、非常に個性的 で、エンジニアリング・アンド・サイエンスの殿堂の誇り高いメンバーでした。そして、後世の音楽愛好家に多大な影響を与えるスピーカー技術が彼の情熱によって生み出されました。
ニューメキシコ
州立大学
エルパソ高校を卒業後、ポール W. クリプシュはニューメキシコ州立大学に入学し、マーチングバンドでコルネットを演奏し、ライフル射撃チームのメンバーとして受賞も経験しました。 のちにマーチングバンドのメンバーとして過ごした4年間が、音楽と楽器に対する愛情と知識を育むのに役立ったと述べています。


鉄道、南米チリ、
そして
スタンフォード大へ
ニューメキシコ州立大学を卒業後、ポール W. クリプシュはGeneral Electric(GE)に入社し、RCA向けに販売されるラジオの設計に携わりました。1928年、GE社内の掲示板に貼られていた求人広告に応募し、その後3年間、南米チリで電気機関車のメンテナンスに従事しました。
その後、スタンフォード大学院に進学し、工学の学位を取得しました。大学院修了後は、テキサス州の石油会社2社で地球物理学者として働きました。


自らの手で
ポール W. クリプシュ氏は第二次世界大戦中、米国陸軍に所属し中佐の地位にまで昇進しました。
アーカンソー州ホープにあった軍のSouthwest試験場に勤務していた時に、コーナーホーン型スピーカーの設計を改良し、彼の士官宿舎を訪れた人々はその臨場感あふれる再現性に驚き、彼にスピーカー製造の事業を始めるよう勧めたのです。
1945年にスピーカーの特許を取得した彼は、1946年にはKlipsch & Associatesという社名を登録し、1948年に最初の従業員を雇うまで、自らの手でスピーカーを作り続けました。
「ポールは、数多くの職業を選択することができたであろう紛れもない天才でした。
しかし、彼がオーディオを選んだことで、世界はずっと良くなったのです。」

Klipschorn
1946年、アーカンソー州ホープの小さなトタン小屋で、破天荒な奇才ポール W. クリプシュが、自宅のリビングでライブ音楽を再現することを目指し、後に伝説となるKlipschornスピーカーを自ら設計・製作しました。
こうして、Klipschブランドの歴史が始まりました。
1999年に収録されたインタビューの中で、ポール W. クリプシュは、Klipschornという名称は自分自身が名付けたものではないと語っています。
Klipsch & Associatesの黎明期、ニューヨークで見込み客を訪ねたところ、その人物はすでにこの画期的なコーナーホーン型スピーカーについて知っており、「あなたのコーナーホーン型スピーカーについては詳しく聞いています。私たちはKlipschornと呼んでいます」と語ったことが、その名称のきっかけになったといいます。

彼の偉大さの証明
家庭で生のオーケストラのような音を再現できることを証明したKlipschornは、
競合製品が次々と登場する中、70年以上にわたって生産され続けている世界唯一(*)のスピーカーです。
*2024年12月現在 Klipsch社調べ
そして今日でも、ポール W. クリプシュが望んだ通りに、アーカンソー州ホープでハンドメイド生産されているのです。

Heritageシリーズ
Klipschornのほかにも、Heresy、Rebel、Shorthorn、Cornwall、La Scala、Belle Klipschなど、ポール W. クリプシュが開発したスピーカーは広く知られるようになりました。これらのスピーカーに用いられた原理は、現在のすべてのKlipschスピーカーに活かされています。 Klipschorn、La Scala、Cornwall、Heresyなどは、現在もKlipsch Heritageシリーズとして世界各国で販売され、高く評価されています。
「もしも私のオーディオ再生に関する理論が間違っていることが証明される日が来るとしたら、それは物理法則そのものが変わる日だ―PWK」

飛行機
「私が最初に愛情を注いだのは鉄道だが、1911年にリンカーン・ビーチーの飛行機がパデュー大学のスタジアムに飛来するのを見て、飛行機に一目惚れした。鉄道への愛を捨てたわけではなく、ただ両方を好きになっただけだ。」 そう語るポール W. クリプシュには、自ら操縦する飛行機を極端な姿勢にし、見物人を驚かせたというエピソードがあります。 何をしていたのかと尋ねられると、彼は「エンジンをかけたまま飛行機を失速状態にすると、何が起こるのかを確かめていた」と答えました。そして、こう続けました。
「オーディオは趣味であり、その後、職業としたが、アマチュアとは好きなことを極めようとする人であるという点で、私は今でも自分自身をアマチュアだと考えている。」

「くだらん!(Bullshit!)」
1960年代、ポール W. クリプシュはマーケティング代理店との会議中、手にしていたHi-Fi雑誌を空中に放り投げ、
「くだらん!(Bullshit!)」と叫びました。
その理由は、他社製スピーカーの広告で「さらなる革新技術が誕生」といううたい文句が繰り返されることに、嫌気がさしていたからです。
この出来事から、「Bullshit」というスローガンが生まれ、広告やパンフレットでは「Ho Hum Another Major Breakthrough(またしても退屈な技術革新が誕生)」という表現も使われるようになりました。
そして、妥協を許さない彼の姿勢を象徴する「Bullshit」という言葉を印刷した黄色いプラスチック製のピンバッジを展示会で配布したのです。

さらなるダメ出し
地元の教会の牧師たちにとって、こうした彼の言動は、決して珍しいものではありませんでした。 彼は礼拝の後、説教の内容への異論を数多く書いたメモを読み上げ、牧師に異議を唱えることがありました。
時にはコートの片側を開いて「Bull」と書かれた文字を見せ、もう片側には……そう、お察しの通り、その続きの言葉が書かれていたのです!

殿堂入り
1978年、ポール W. クリプシュは、スピーカー設計と歪み測定への貢献が評価され、Audio Engineering Society(AES)で2番目に高い栄誉であるシルバーメダルを授与されました。その5年後には、オーディオの殿堂入りを果たしています。 さらに1997年には、トーマス・エジソン、ジョージ・ワシントン・カーヴァー、ライト兄弟などと同じく、エンジニアリング・アンド・サイエンスの殿堂入りを果たしました。
エンジニアリング・アンド・サイエンスの殿堂は、工学と科学の原理を応用した功績により、人類の生活の質を向上させた人物を表彰するものです。
2004年には、全米家電協会(CEA)により、コンシューマー・エレクトロニクスの殿堂入りを果たしました。
同協会によって2000年に設立されたこの殿堂は、創造性、忍耐力、決断力を発揮し、今日のコンシューマー・エレクトロニクス業界を築き上げたリーダーたちを称えるものです。

